原因を外に置く癖が場を壊す——一日のケーススタディ
同じ日に二度見た、場を冷やす原因の所在
「原因は自分の外にある」と考えることは、瞬間的には心を守る作用があります。
しかし、それが積み重なると場の空気を重くし、改善の回路を細らせてしまうことがあります。
先日、私は同じ一日のうちに二つの場面で、その“空気感”をはっきりと目にしました。
まさか他責志向が、ここまで明確にマイナスの印象を生むとは思っていませんでした。その臨場感が、この記事を書く動機になりました。
静けさを破った「勝手に触らないで!」
午後のオフィスは、コピー機のかすかな稼働音と、キーボードを打つ規則的な音だけが響いていた。
その静けさを切り裂くように、突然、鋭い声が跳ね返った。
「もう、何回目だと思ってるの!」
Aさんが椅子から身を乗り出し、モニターに向かって言葉を投げつけていた。
30代半ばほどのふっくらとした体格。肩にかけた明るい色のカーディガンが、勢いよく揺れている。
原因は、共有スプレッドシートのデータが上書き保存されていたことだった。
作業したのは部下だが、その場には本人の姿はない。
それでもAさんの声は止まらず、室内の壁や天井に跳ね返って響いた。
「勝手に触らないでって言ったでしょう!」
「こういうのが一番信用なくすの!」
早口で畳みかける声に合わせ、マウスのクリック音が強く弾ける。
数人の同僚は画面から視線を外し、書類をめくる手をゆっくりと止めた。
やがて声は震えを帯び、間隔が詰まり、最後にはハンカチで顔を覆って肩を揺らす。
オフィスは音を飲み込み、電話の呼び出し音すら遠くに感じられた。
後日、別の同僚が小声で言った。
「Aさん、こういうの何カ月かに一度はあるんだよ。しかもあのシート、実は誰でも編集できる設定になってたんだ」
一年ぶりの再会で見えた同僚の変化
約一年ぶりに、前職の同僚と顔を合わせた。
待ち合わせたのは、照明を少し落としたイタリアンバル。
入口近くのカウンターに腰を下ろすと、グラスに注がれるスパークリングワインの泡が、かすかに揺れていた。
最初の数分は近況報告だった。
「元気にしてた?」と互いに笑顔を交わし、仕事や暮らしの変化を軽く話す。
ところが、料理が二皿目に差しかかる頃、話題は急に一方向に傾き始めた。
「上司がさ、ほんと人の話を聞かないんだよ」
「隣の部署のあの人、相変わらずでさ…」
同僚の表情は次第に陰りを帯び、声色は低くなり、言葉の末尾は吐き捨てるように短くなっていった。
会社の制度や方針にも不満はあるらしいが、それはほとんど触れられず、矛先は終始、具体的な人物に向けられていた。
グラスの中の泡が消えるころ、会話の大半は不満と批判で埋め尽くされていた。
かつて同僚は、ちょっとした冗談で場を和ませる明るい人だった。
しかし今は、笑顔の代わりにため息が、軽口の代わりに愚痴がこぼれている。
店を出るころ、涼しい夜風が頬を撫でたが、同僚の表情はほとんど変わらなかった。
後日、この夜の話を耳にした別の元同僚が、静かに言った。
「最近の彼、昔みたいに何かを変えようって感じじゃないんだ。ただ、嫌なことだけを話してるみたいでね…」
他責が生む遅延・負荷・無力感
- 改善遅延のコスト: 変化の主体が外側に固定され、内側からの手当てが後回しになります。その結果、時間が経っても状況がほとんど動きません。
- 場の心理的コスト: 感情的な批判や嘆きは、当事者以外の発言を萎縮させます。沈黙が増え、アイデアの循環が滞ります。
- 自己効力感のコスト: 「自分が打てる一手」が見えず、無力感が蓄積します。長期的には挑戦の頻度が下がります。
これら三つは独立しているようでいて、実際には互いに増幅し合います。
そして、その相互作用が「印象」を通じて外部にも波及することを、この一日で体感しました。
他責の輪郭を“空気感”として刻んだ日
二つの出来事が同じ日に起きたことで、理屈では知っていたはずのことが立体化しました。
声色、間、ため息、視線の動き——ディテールが“空気感”を帯びて迫ってきました。
私は分析するタイプです。観察→構造化→示唆、という流れで物事を捉えるのが好きですし、安心もします。
その私にとって、この一日は「分析の輪郭」を現実の温度に接続してくれる経験でした。
書かずにはいられなかったのは、他責志向の話題が抽象論で終わるのを避けたかったからです。
内側の1cmを動かすための実践ヒント
- 問いの言い換え: 「なぜ相手は…?」を、「自分の射程で変えられる1cmは?」に置き換えます。
- 時間軸の再設定: 長期の構造要因(少子化など)を認めた上で、今日・今週・今月の打ち手を一枚の紙に分解します。
- 言葉の温度管理: 感情の放出は短期的な軽さをくれますが、場の温度を下げやすいです。まずは観察語彙(事実・頻度・条件)で記述します。
- 小さな検証ループ: 仮説→一手→測定→次の仮説、の最短ループを回します。成果は小さくて構いません。速度を優先します。
- 合意の最小単位: “誰が・いつまでに・どの指標で”を15分で合意します。完璧な計画より、共有された1歩が重要です。
静かな変化が場を確実に変えていく
他責志向は、悪意よりも先に「身を守る反応」として立ち上がります。
だからこそ、責めるのではなく回路を差し替える必要があります。
同じ一日のなかで見た二つの場面は、私にその輪郭をくっきりと刻みました。
原因の所在を外に固定する代わりに、内側の1cmを動かします。
その小さな転換が、場の空気と印象と結果を、静かにしかし確実に変えていくはずです。
0 件のコメント:
コメントを投稿